大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島地方裁判所 昭和57年(ワ)1588号 判決

原告 串本金一郎

被告 国

代理人 都築弘 山田紘 笹村將文 小松原明

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、二〇〇万円及びこれに対する昭和五七年八月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文と同旨

2  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、在外私有財産の国家補償等の実現をめざして、昭和五五年六月二二日施行の参議院全国選出議員選挙に無所属で立候補したが、得票数一万五四二一票で立候補者九三名中八四位で落選したため、昭和五八年に行われる予定の参議院全国選出議員選挙に無所属で立候補する予定でいた。

2  ところが、昭和五七年法律第八一号公職選挙法の一部を改正する法律により公職選挙法が改正され(以下、右改正後の公職選挙法のことを「本件改正法」という)、拘束名簿式比例代表制が採用され、従前の参議院全国選出議員選挙は比例代表選挙になつて、無所属での立候補が禁止されたため、原告は、参議院全国選出議員選挙に無所属で立候補することができなくなつた。

3  拘束名簿式比例代表制を採用した本件改正法は、次のとおり憲法に違反する違法なものである。

(一) 憲法前文違反

日本国憲法前文は、「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、……中略……ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。……後略」と明確に主権在民を宣言している。右の正当に選挙された代表者とは、個人のことであり、政党のことではないので、本件改正法は、まず第一にこの点で憲法前文に違背する。

次に、選挙は、政治制度のなかで国民主権の原理と密接不可分な国民の唯一の主権行使の手段であり、社会的弱者や無党派等少数者といえども日本国民である限り日本国憲法による救済を平等に受け、その権利を尊重すべきことは、民主政治の基本であるのに、本件改正法は個人立候補を切捨て、その言論の自由を奪うものであり、これにより、憲法前文の主権在民は、画餅に等しくなりはて、封建時代又は戦時中のごとき中央集権を助長し、政治家は、国民の意見を聞かず、ほんの一握りの一党一派の権力者及び実質上の名簿順位決定権者の意思で思うままに国政を動かされる専制政体に近い時代となる危険性が予見される。

議会制民主政治の基本は、権力の分散により相互に行きすぎを制御し合い且つ足らざる点を補充協力し慎重審議し、常に政治姿勢を正す仕組みであるのに、本件改正法は、右議会制民主主義に反し日本国憲法前文にいう主権在民に逆行するもので、一党支配につながる最も不当なものである。

(二) 憲法一三条違反

憲法一三条は、個人的人格権を保障しており、個人としての生存の権利を尊重することを国政の基本とすべきことを宣言しているが、この根本原理は、自然法上の原理を基礎とし、天賦不可譲の権利であり法律を以つてするも侵すことのできない基本的人権の一つである。従つて、個人立候補を禁止する本件改正法は、個人の尊重に反するものであり、同条項違反そのものである。

(三) 憲法一四条一項、四四条違反

憲法一四条一項には「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」と定められている。

政治的関係における差別の禁止とは、参政権すなわち選挙権及び被選挙権を第一義とし、候補者たる一国民に対する、個人又は団体の一員、有党派または無党派として立候補する点に関し差別を禁止する意味であると解すべきであるから、無所属での立候補を禁止する本件改正法は憲法一四条一項に一見明白に違背する。

また、憲法四四条は、両議院の議員の被選挙権について、年令の点を除き等しく平等にすべきことを保障しているのであるが、全国区のみを比例代表制にするのは差別である。衆議院とのかね合い、参議院選挙区(地方区)との比較において、法定選挙費用の点についてはそれ程大差はないのに、全国区のみ選挙制度を根本から大変革することは、同条項に違背する。

更に、一四条一項及び四四条は、信条によつて差別してはならないと定めているが、この信条とは宗教上の信仰に限らず思想上・政治上の信念・主義を含むものであることはもちろんであるのに、無党派の立候補を実質的に締出す差別を助長する本件改正法は右に違背する。

(四) 憲法一五条違反

(1) 一項違反

憲法一五条一項には、「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。」と定められている。ここにいう公務員に参議院議員が含まれていることは明らかであるが、本条項は、直接個人(公務員たる単数)を直接選挙することが国民固有の権利であると解すべきであるから、政党への投票を義務づける本件改正法は、一見明白に憲法一五条一項に違背する。

また、立候補の自由も、同条項で保障されている重要な基本的人権の一つであると解すべきであるから、所属政党の有無すなわち無所属・無党派を理由にこの権利を奪うことは、国民主権に対する重大な侵害である。

(2) 二項違反

憲法一五条二項には、「すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。」と定められているが、「すべて公務員」の中には参議院議員が含まれ、全体の奉仕者という「全体」には無党派層も含まれる。また、本件改正法は、自由民主党参議院議員により法案が提出されたものであり、一党独断の参議院の参議院公職選挙法改正特別委員会の強行採決に始まるものであるから、勢い一党の奉仕者であるとのきらいがある。さらに、第一三回参議院議員選挙の比例代表区の自由民主党の候補者名簿では、当選確実とみられる二〇位以内に、田中派の候補者が一一名おり、同派の新人三名はすべて一〇位以内の上位に順位づけられている。このことから、本件改正法が自由民主党の、特に田中派の派略によるものであり、憲法一五条二項に反することが、一見明白である。

(3) 三項違反

憲法一五条三項には、「公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する。」と定められているが、比例代表制は、これに違背するものである。

(五) 憲法二一条一項違反

(1) 憲法二一条一項は結社の自由を保障しており、この結社の自由とは結社する自由及び結社しない自由をいうと解すべきであるところ、拘束名簿式比例代表制は、結社を強制し、一人一党の是々非々主義を禁止しているばかりか、候補者名簿を提出できる政党の要件にも厳しい枠を設け、それにあてはまらない結社の締め出しをねらつているので、一見明白に同条項に違反する。

(2) 言論の自由についても、本件改正法により、投票の方法が、これまでの「個人名」の記入から「政党名」の記入になつたため、選挙運動を原則的に新聞広告、ラジオ・テレビでの政見放送、選挙公報の三つに限定している。特にテレビでの政見放送は、従来のように個人がそれぞれ政見を述べる方式をとらないほか、従来のような拡声器を使つた連呼、街頭演説、はがき、ポスター、ビラ等文書類の配布等を一切禁止しているが、これは全面的な言論の封殺であつて、これはもう法的には公正な選挙とはいえないものであり、一見明白に同条項に違背する。

(六) 憲法四三条違反

憲法四三条一項は、「両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する。」と規定している。これは、前文の「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、」との宣言の再確認であり、特に、参議院議員についても選挙によるべきことを明示したところに特別の意味があるが、選挙とは、多数人による公務員の指名、選定行為であるから、本件改正法に定める党名による投票を要求する拘束名簿式比例代表制は、同条項に違反する。

また、拘束名簿式比例代表制では、議員が所属政党により拘束されるので、全国民を代表する議員であるとはいえず、同条項に違反する。

(七) 二院制度の趣旨違背

憲法学者美濃部達吉は、その著書「新憲法逐条解説」において「華族制度の廃止とともに従来の貴族院は、新憲法の実施とともに解消することになつたのであるが、新憲法は、なお国会の一院制を取らずして、従来と等しく二院制を取り、従来の貴族院に代ふるに参議院を以つてすることとした。それは、新憲法が議院内閣制を取り、内閣は衆議院の信任に基づいて組織されるものとしたために、衆議院の多数党が同時に内閣の衝に当たることとなり、多数党の横暴を抑制するためには、是非他の一院の存在を必要とするとなす思想に基づいている。」と解説しているが、選挙制度を改変して拘束名簿式比例代表制を採用することは、前記参議院の存在意義に逆行し、良識の府を崩壊させる恐れがある。

(八) 立法手続の不当

本件改正法は、参議院公職選挙法改正特別委員会において、野党側空席のまま自由民主党委員だけの賛成で、怒号、喚声のうちに強行可決されたものであるから無効である。

4  右のような強行採決の繰り返しという法案の審議過程をあわせて考えれば、自由民主党の党略性は明白であるから本件改正法の成立について国会議員に過失があつたというべきである。

5  原告は、これまで参議院全国選出議員選挙への立候補の準備を重ね、費用も使つてきたので、前記のとおり立候補できなくなつたことにより、非常な精神的打撃を受けた。

6  右精神的損害は、金銭に換算すると二〇〇万円に相当する。

7  よつて、原告は、被告に対し、憲法一七条及び国家賠償法一条一項に基づき、二〇〇万円及びこれに対する不法行為の日の後である昭和五七年八月二七日から支払すみまで年五分の割合による金員の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、原告が、昭和五六年六月二二日施行の参議院全国選出議員の選挙に無所属で立候補したが、結果は、一万五四二一票の得票で立候補者九三人中八四位で落選したことは認めるが、その余は不知。

2  同2の事実のうち、公職選挙法の改正により、拘束名簿式比例代表制が採用されたことは認める。

3  同3について

(一) (一)のうち、憲法前文に原告主張の定めがあり、明確に主権在民を宣言したことは認めるが、その余は争う。

(二) (二)は争う。

(三) (三)のうち、憲法一四条一項及び四四条に原告主張の定めがあることは認め、その余は争う。

(四) (四)のうち、憲法一五条一ないし三項に原告主張の定めがあること、同条の公務員に参議院議員が含まれていること、同条の全体の奉仕者の全体の中には無党派層も含まれていること、公職選挙法の一部を改正する法律は、自由民主党参議院議員提出にかかる法案であることは認めるが、その余は争う。

(五) (五)のうち、憲法二一条一項に原告主張の定めがあること、結社の自由とは結社するも自由、結社しないのも自由と解されること、公職選挙法の一部を改正する法律により、参議院(比例代表選出)議員の選挙では、候補者個人の氏名でなく「政党名」の記入投票になり、選挙運動も原則的に新聞広告、政見放送、選挙公報に限定され、原告主張のように従来のもののうち禁止されたものがあることは認めるが、その余は争う。

(六) (六)のうち、憲法四三条一項に原告主張の定めがあることは認め、その余は争う。

(七) (七)のうち、憲法学者美濃部達吉が憲法四二条について原告摘示のとおり解説していることは認めるが、その余は争う。

(八) (八)は、争う。

4  同4ないし6は争う。

三  被告の主張

1  原告が侵害されたと主張する権利について

原告が本件改正法によつて侵害されたと主張する立候補する権利は、選挙公示前あるいは立候補届出前においては、いわば被選挙権を有する国民一般の有する一般的・抽象的な資格であり、それはいまだ具体的な権利あるいは法律上の利益とは解し得ないので、既に不法行為の要件である権利侵害が生じているとする原告の主張は失当といわざるを得ないのである。

2  国会の立法を理由とする国家賠償請求について

国家賠償法一条一項は、国又は公共団体がその公務員の違法な職務行為による損害について賠償の責めに任ずる旨定めているが、この責任の性質については代位責任説と自己責任説が考えられるところ、旧憲法下において、鉄道等の私経済作用については民事上の責任(民法七一五条の責任)が認められ、警察権等の権力的作用については責任が否定され、公企業経営等の非権力的作用については責任の成否が必ずしも明らかでなかつたのを改革する目的で新憲法一七条に基づき国家賠償法一条が制定された経緯からみて、同条により一挙に自己責任説を採つたとみるべきではなく、むしろ旧憲法下の判断理論との連続性を有しながらの漸次の変革として民法七一五条の責任と同様代位責任説を採用したとみるべきであること、及び国家賠償法一条一項が「故意又は過失」という公務員個人の主観的要素を定め、公務員個人の責任を前提として、「国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる」と規定していること並びに同法一条二項が公務員に故意又は重過失があつた場合という限定はあるものの国の公務員個人に対する求償権を定めていることからみると、代位責任説が正当である。

そして、代位責任説によれば、国の賠償責任が成立するためには、当該公務員について民法七〇九条所定の不法行為の成立要件を具備しなければならないのであるが、憲法五一条は「両議院の議員は、議院で行つた演説、討論又は表決について、院外で責任を問われない。」と規定しているから、国会議員は、法律案に関し賛否の表決をしたことについて、たとえそれが違法なものであつても、一切の法的責任を問われることはなく、これにより他人に損害を被らせた場合でも、右表決に加わつた国会議員が不法行為責任を負うことはないわけである。してみると、仮に国会議員が違法行為に当たる表決を行い、他人に損害を与えたとしても、そもそも国が代位して負うべき当該国会議員の不法行為責任が発生しないのであるから、国が右表決による損害賠償責任を負う理由はないというべきである。反対に、もし国が国会議員のこのような行為について代位責任を負うと解すれば、国会議員に右行為について故意又は重過失があつた場合には、国は更に当該国会議員に対して求償すべきことになるが、国会議員がこのような求償権に基づく民事上の責任を問われるべきでないことは憲法五一条に照らし明らかであるから、この点からしても、そもそもこのような行為について国に賠償責任を負わせることは相当でないのである。

結局、このような国会議員の議院内で行つた表決等の行為によつて生じた結果については、専ら政治的責任を追求し得るだけにすぎないのである。

3  拘束名簿式比例代表制の合憲性について

(一) 憲法の要請する代表民主制下における選挙制度は、選挙された代表者を通じて国民の政治的意見を公正かつ効果的に国政の運営に反映させるため国民代表の的確な選任を要請する。ところで、現代の多元的社会では国民の政治的意思が様々な思想的・世界観的対立、多種多様な利益集団の対立等を通じて複雑かつ多様な形で現われるため、前記要請を満たす選挙制度は、多種多様で複雑微妙な政策的及び技術的考慮の下に全体的、総合的見地から決定されることを要する。また、参議院全国選出制についてみれば、従来の制度では、有権者にとつては候補者の選択が困難であり、候補者にとつては費用が膨大で、労力が過酷であるため、学識、識見のすぐれた人材が事実上立候補することができないという弊害があるといわれてきた。右弊害を是正するため、いかなる選挙制度を採用するのが適切妥当であるのかは、立法府の裁量的判断にまつほかないのである。

このことは、憲法四三条二項、四七条が、国会両議院の議員の選挙については、議員の定数、選挙区、投票の方法その他選挙に関する事項は法律で定めるべきものとして、両議院の議員の各選挙制度の仕組みの具体的決定を立法府たる国会の広い裁量にゆだねていることからも明らかである。

ところで、国会は、主権者たる国民によつて選挙された議員により構成された国権の最高機関であるとともに、国の唯一の立法機関であるから、国会が定めた法律に対しては、選挙民である国民に対し直接責任を負つていない裁判所としては、違憲立法審査権の行使において極めて慎重でなければならず、軽率に違憲と断定すべきでないことはいうまでもない。しかも、いかなる選挙制度が国民代表の的確な選任の要請を満たしているか、また、参議院全国選出制についていえば、前記弊害の有無や是正の必要の有無やいかなる選挙制度が適切妥当かなどを判断するためには、その判断資料が必要である上に、新旧選挙制度の長所短所を洞察するとともに、世論の動向をも考慮する等、諸般の事情についての適切な評価と判断が必要であつて、このような評価と判断の機能は、まさに立法府の使命とするところであり、立法府こそがその機能を果たす適格を具えた国家機関であるというべきである。そこで、裁判所は立法府の裁量判断を尊重するのを建前として、ただ、立法府の裁量権の行使が著しく合理性を欠き、明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるを得ないような場合を除き、立法府の裁量権の行使を違憲と判断すべきではない。

以下、このような観点に立つて、拘束名簿式比例代表制が合憲であるゆえんを述べることとする。

(二) 憲法一四条一項、四四条ただし書について

(1) 憲法一四条、四四条ただし書が、平等原則を保障するといつても、合理的な差別まで禁止していないことはいうまでもない。ところで、拘束名簿式比例代表制において個人と政党所属者との間に立候補に関して生ずる差別には、次のとおり合理的理由がある。

(2) 従来の参議院全国選出制においては、八一〇〇万人余の有権者が一〇〇人前後の候補者から一人を選択するに際し、多数の候補者が所属している政党の選択までは可能であつても、更に同一政党に所属する多くの候補者のうちの誰がよいかの選択は困難であつた。また、多くの候補者は、選挙の一年も二年も前から、八一〇〇万人余の有権者に自己の名前と政策を売り込む必要があつた。すなわち、全国区で安心して当選するためには一〇〇万票が必要であつた。一〇〇万人に一回ハガキを出すとしても、四〇〇〇万円かかるが、これが一回ではすまなかつた。しかも、後援会を組織するにしても、全国に事務所を設ける必要があり、それには人的・物的経費がかかつた。そして、全国的な後援会を走り廻る費用もかかつた。更に、短い選挙運動期間中に全国を飛び廻るには過酷な肉体運動を強いられた。その結果、学識・識見のすぐれた人材が事実上立候補を断念せざるを得なかつた。そこで、このような状況を放置したままでは、学識経験者を全国レベルで選出し、あるいは、職能代表的な人材を選出しようとする参議院全国選出制創設の趣旨に反することとなる。

また、現代における政治の実態は政党政治である。すなわち、現代の政治は、高度に複雑化し、専門化し、個人一人でそれをよく処理し得るものではない。そこには、必然的に、国民の意思を体得し国民に代わつて国民のために政策を企画しそれを協力して遂行する人的集団としての政党の存在が要求され、この政策企画遂行集団である政党によつてこそ現代の高度に複雑化し専門化した政治の十全な処理が可能なのである。

ところで、憲法は、政党に関する規定を何ら置いていない。しかし、憲法は、一条で国民主権をうたいつつ、四一条及び四三条の規定により、国民によつて選ばれた国民の代表機関である国会を中心として政治を行うことを求めている。国会を中心として政治を行うといつても、議員それぞれ個人個人として行動していたのでは国政として統一ある政治を行えない。個別意思が何らの集合力もなく分散して存在するだけでは、立法その他の国家意思の決定は不可能である。したがつて、憲法も、統一ある政治を行うためには、国民の政治的意思形成の媒体としての機能を果たす一定の政治目的実現のための議員の集団としての政党を当然予想している。また、憲法は、国会と政府との党派的同質性を前提とする議院内閣制や政党政治に道を開く結社の自由を採用している。このように、憲法は政党政治を当然に予定している。

なお、最高裁昭和四五年六月二四日大法廷判決(民集二四巻六号六二五ページ)も、憲法が政党政治を当然に予定しているとする。

そうである以上、政党本位の選挙を採用することは、憲法の当然に許容するところである。

政党本位の選挙は、事柄の性質上、当然に比例代表制を前提とする。そして、比例代表制は、国民主権の下において多種多様な形で現われる国民の政治的意思を公正かつ効果的に国会に反映させる選挙制度として優れたものである。なお、比例代表制の中で非拘束名簿式比例代表制を採用せずに、拘束名簿式比例代表制を採用することは、立法裁量のはんちゆうに属するものである。

(3) 以上を要するに、個人と政党所属者との間に立候補に関して差別を生ずるとしても、その差別は、前述のように、現代政治に不可欠の政党を本位とする選挙を行い、参議院議員に政党政治に必要な学識経験者、職能代表者等の政策企画遂行能力に富む人材を得るため必要やむを得ざるものである。したがつて、拘束名簿式比例代表制の採用には合理的理由が存するのである。

(三) 憲法一五条一項について

最高裁昭和四三年一二月四日大法廷判決(刑集二二巻一三号一四二五ページ)によれば、憲法一五条一項は選挙権のみならず被選挙権も基本的人権の一つとして保障しているとする。しかしながら、憲法一五条一項は、国民が直接に公務員を任免する趣旨のものではなく、国民は公務員の任免についての始源的な権利を有し、すべての公務員の地位は、直接又は間接に国民の意思にその基礎を置くべきことを明らかにしたもので、いわば国民主権の原理を宣言した政治的綱領であり、両議院の議員の任免についての具体的内容は憲法四四条に基づく法律の定めるところによる。したがつて、憲法一五条一項には裁判規範としての法的効力は認められず、およそ憲法一五条一項違反の問題は生じないのである。また、仮に、憲法一五条一項が具体的な個人として選挙し、選定される権利を限定して保障するとしても、これら権利が合理的制約に服することはいうまでもない。そして、本件では前記(二)(2)で述べたとおり、憲法も予定する、議会制民主主義のもとにおける現代政治において重要な役割をもつ政党について、政党の政策の当否を真正面から国民に問う選挙である政党本位の選挙制度、すなわち拘束名簿式比例代表制を採用し、その名簿に学識経験者を載せることにより今までの参議院全国選出制の弊害を是正するとともに、国会の意思決定に国民の政治的意思を効果的に反映させることは、まさに、国民代表の趣旨に合致するのであり、このために具体的な個人として選挙し、選定される権利を比例代表選出議員選挙において制約しても合理的理由がある。

(四) 憲法二一条一項について

(1) 憲法二一条一項が結社の自由を保障するといつても、結社に関する合理的制約まで禁止をしていないことはいうまでもない。ところで、本件では結社の自由の制約につき、次のような合理的理由がある。

前記(二)の(2)で述べたとおり、憲法も予定する、議会制民主主義のもとにおける現代政治において重要な役割をもつ政党について、政党の政策の当否を真正面から国民に問う選挙である政党本位の選挙制度、すなわち拘束名簿式比例代表制を採用し、その名簿に学識経験者、職能代表者等を載せることにより今までの参議院全国選出制の弊害を是正するとともに、国会の意思決定に国民の政治的意思を効果的に反映させることは、まさに国民代表の趣旨に合致するのである。また、無所属で立候補したい者にはいわゆる個人区である選挙区選挙に立候補する道がある。更に、現在の参議院においては、自由民主党・自由国民会議一三六名、日本社会党四七名、公明党・国民会議二七名、日本共産党一二名、民社党・国民連合一一名、新政クラブ七名、第二院クラブ三名、一の会三名、無所属三名、欠員三名となつているところ、無所属中二名は参議院議長・副議長であり、ほとんど全員結社をして院内会派を作つているのが実情である。これは、選挙時に無所属で当選しても院内で無所属でいては適切な活動ができないためである。そこで、選挙時に参議院議員(比例代表選出に限られない)の候補者一〇名以上をもつて結社をすること(公選法八六条の二第一項三号)等が立候補のために要求されても合理的な制約の範囲内のものということができ、右制約をもつて合理性を欠くことが明らかであるとはいえないのである。

(2) 憲法二一条一項が言論の自由を保障するといつても、言論に対する合理的制約まで禁止していないことはいうまでもない。ところで、本件では言論の自由の制約につき、以下のような合理的理由がある。

拘束名簿式比例代表制は政党本位の選挙であるから、その選挙運動は政党の政策の主張宣伝が中心となるところ、政党は常時政治活動を行うことによつてその政策の浸透を図つているから、政党の行う政治活動は選挙の結果に大きな影響を与えるのである。したがつて、政党本位の選挙においては、選挙運動と政治活動を一体のものとして把握することができる。ところで、名簿届出政党は、すべて参議院議員通常選挙における確認団体として、一定の政治活動が認められている(公選法二〇一条の六)。そこで、右政治活動をもつて実質的な選挙運動とみることができるのであるから、名簿届出政党の選挙運動に一定の制約が課せられても、合理的理由があるのである。したがつて、右制約をもつて合理性を欠くことが明らかであるとはいえないのである。

(五) 憲法四三条一項について

憲法四三条一項にいう「全国民を代表する」議員とは、議員はその選出方法のいかんにかかわらず特定の党派、地域住民など一部国民を代表するものではなく全国民を代表するものであつて、選挙人の指図に拘束されることなく独立して全国民のために行動すべき使命を有するものであることを意味するところ、拘束名簿式比例代表制で選出された議員も右の意味での議員にかわりはない。更に、法的には、議員の党籍変更は自由であり、また、議員の党籍変更によつて議員資格の喪失をきたすこともない(公選法八六条の二第五項、九八条二項参照)。

したがつて、拘束名簿式比例代表制が憲法四三条一項に違反することはない。

(六) 以上述べたとおり、拘束名簿式比例代表制は合憲であり、原告の主張は失当というべきである。

4  国会議員の過失不存在について

(一) ある事項に関する法律解釈について異なる見解が対立し、いずれの見解についても相当の根拠が認められる場合において、公務員がそのうちの一方の見解を正当と解し、これに立脚して公務を執行し、後に裁判所において、その公務執行が結果的に違法と判断されたからといつて、直ちに右公務員に過失があつたとすることは相当でないことは判例上確立した理論である(最高裁昭和四三年四月一九日第二小法廷判決・判例時報五一八号四五ページ、最高裁昭和四四年二月一八日第三小法廷判決・裁判集民事九四号三三三ページ、判例時報五五二号四七ページ、最高裁昭和四六年六月二四日第一小法廷判決・民集二五巻四号五七四ページ、最高裁昭和四九年一二月一二日第一小法廷判決・民集二八巻一〇号二〇二八ページ)。

(二) そこで、右の立場に立つて本件をみてみるに、参議院は、第九六回国会の公職選挙法改正特別委員会において、昭和五七年六月一八日には青山学院大学教授清水英夫ほか二名から、また、同年同月二四日には名古屋大学教授長谷川正安ほか二名から、それぞれ参考人としての意見を聴取し、更に、同年七月六日には帝塚山学院長原龍之助ほか六名の公述人からも意見を求め、その際、右委員ないし議員と参考人ないし公述人との間において、改正法案の憲法上の問題点について、深く立ち入つた質疑応答が行われた。

その結果、長谷川教授のように、右改正法案が違憲の疑いがあるとの意見を表明される者もいたが、それはむしろ少数であり、多数の参考人、公述人は、憲法に違反しないとの意見を開陳していたのである。例えば、清水教授は、「違憲の問題は起こらない。」、「違憲とはいえない。」といい、大里教授は「憲法の諸規定に反する内容は見当らない。」、また、原学院長が「憲法に違反するものとはいえない。」とそれぞれ主張し、その理由についても詳細に答弁していたのである。

更に、衆議院においても公職選挙法改正・調査特別委員会において、昭和五七年八月七日には東京学芸大学助教授阪上順夫ほか五名から、また、同年同月九日には同志社大学教授山本浩三ほか五名からそれぞれ公述人としての意見を求めたが、その結果、阪上助教授のように前記改正法案には違憲の疑いがあるとの意見もあつたが、山本教授は、右改正法案は憲法に違反しないとの意見を表明されているのである。

(三) 以上のように、憲法及び行政法の専門家の見解は、改正法案は憲法に違反しないとするものが多数であつたのであり、そのような状況下において審議を重ねたすえ改正法は可決されたのであるから、国会議員の本件立法行為には何らの過失もないのである。

5  精神的苦痛について

慰謝料の支払を必要とする精神的苦痛とは、通常人であれば精神的苦痛を受けるような状況、すなわち客観的に精神的苦痛が認識できる状況になければならないものである。この意味で、いまだ個人的、主観的な精神的苦痛の訴えは、客観的な精神的苦痛として認識不可能であるから、慰謝料の支払の対象とはなり得ないものである。

立候補の権利の侵害の場合に、精神的苦痛が客観的に認識できる状況になるのは、選挙公示後に原告が個人として立候補の届出をしたのに対し、その届出を拒否された時というべきである。

このように、選挙公示前における立候補の権利の侵害による精神的苦痛といつても、それは抽象的、主観的なものであつて、現時点においては、いまだ現実的、確定的、具体的損害の発生はあり得ず、結局、原告の本訴請求は、主張自体失当といわざるを得ない。

四  被告の主張に対する原告の答弁

1  憲法五一条には、被告主張2のとおり規定されているが、それ以上のことは書かれておらず、被告の主張は、理由がない。また、原告は、各国会議員を被告として損害賠償を求めているものではないので、この場合、憲法五一条とは切り離して考えるべきである。

2  国会の裁量権の限界

憲法は、本来国家機関を拘束するものであり、国家機関は、憲法によつて義務づけられるものであるから、被告の主張は、基本的認識を誤つているものである。すなわち、憲法四三条二項、四七条は、選挙の細則は、法定化せよとの意味であり、立法府が憲法を遵守すべきことは論をまたないところであり、憲法に優位してまで法定化が先行するのが合理的であるとの意味ではない。

3  裁判所の違憲立法審査権について

旧憲法では、お上のすることに誤りなどあろうはずがない故に、本来の司法の使命から考えられる事項の全部が裁判所に委ねられていたわけではなく、特定の事項に限つて、行政裁判所という一種の行政官庁による準司法的救済の途がわずかに残されていたにすぎなかつたが、新憲法によつて民主主義が採用され、国会中心主義が採用されたことにより、多数決の原理により支配されることになり、少数派の主張は無視され、基本的人権さえも常に侵される結果になつたので、基本的人権は、憲法が守つてくれる仕組みとなつたのである。この多数決原理は、一面、多数による横暴という欠点が必然的に考えられるので、この多数による横暴を押える手段が当然講ぜられなければならないのであり、新憲法は、この重大な任務を裁判所に委ねたのである。すなわち、憲法は、裁判所に違憲立法審査権を与えて、国会が多数の力をかりて、憲法によつて保障された国民の基本的人権を侵すような法律を作るならば、裁判所がこの法律を憲法違反として無効だと宣言することができるようにしたのである。

従つて、被告の主張は、違憲立法審査権の否定につながるものであり、時代錯誤の封健的主張で許されないものである。

4  被告は、全国区制度は、有権者にとつて候補者の選択が困難であると主張するが、そのようなことはない。その証拠に、参議院全国選出議員選挙の投票率は、衆議院議員総選挙や参議院地方選出議員選挙に比較しても、決して少なくない。また、比例代表制に比較しても、候補者個人の意見が聞かれ、候補者の選択が容易である。

また被告は、全国区制度は、候補者にとつて費用が膨大となり、また労力が過酷であると主張するが、法定選挙費用(昭和五五年六月二二日施行の参議院全国選出議員選挙で三八〇〇万円)を厳守すればよい。法律を遵守する努力をせずに違法行為を前提条件として認め、これに基づいた改革を行なうのは、不合理である。

労力が過酷である点は、各候補とも平等である。

5  憲法二一条一項の規定する結社の自由は、基本的人権の中に含まれ、不可侵の権利であつて、法律をもつてしても侵すことのできないものである。憲法の条文に条件がついているかまたは、例外規定がある場合は格別、憲法の解釈は、国民の側から見ることが民主主義の本質であり、条文通りに解釈すべきである。なぜならば、条件や例外を許したのでは、基本的人権の一〇〇パーセント近い部分がこれによつて制限され、憲法の真の精神が没却されてしまうからである。そして、憲法二一条一項には、条件や例外規定はないので、結社の自由に対する制限を認める被告の主張は、失当である。

また、言論の自由の保障は、一つには代議制、多数決原理のチエツク機能をはたすものとして、もう一つには国民の代表を選ぶ過程で主権者たる国民が主体的な選挙への参加を保障するものとして、議会制民主主義を支える重要な柱である。しかるに、本件改正法では、選挙運動の規制を一層強化する方向で臨んでおり、これでは、有権者は、政党の政策や政策論争について十分知ることができず、いわんや候補者の政策、識見等も十分知ることができない。本件改正法は、候補者や政党の活動を制限し、国民の知る権利を侵し、政治参加の機会と方法を奪い、選挙を暗闇化し、ひいては議会制民主主義を掘り崩すことになりかねず、本件改正法による選挙運動の規制には、合理的理由がない。

6  本件改正法は立法府がその有する裁量権を逸脱し、または裁量権を濫用して成立させたものである。

第三証拠関係 <略>

理由

第一原告の立候補等について

原告が昭和五五年六月二二日施行の参議院全国選出議員の選挙に無所属で立候補したが、結果は、一万五四二一票得票し、立候補者九三名中八四位で落選したこと及び本件改正法により拘束名簿式比例代表制が採用されたことは、当事者間に争いがなく、原告本人尋問の結果によると、本件改正法により参議院議員選挙において全国選出議員選挙が廃止され、またこれに替わる拘束名簿式比例代表制選挙においては、無所属での立候補が認められなくなつたため、原告は、昭和五八年に施行された参議院議員通常選挙に立候補することを断念したことが認められる。

第二憲法判断

一  本件改正法による拘束名簿式比例代表制選挙の要旨

本件改正法によると、従前の参議院全国選出議員選挙に替えて採用された拘束名簿式比例代表制選挙の骨子は次のとおりであることが明らかである。

1  候補者名簿

国民は次のいずれかに該当する政党その他の政治団体(以下、「政党等」という。)の候補者名簿(以下「名簿」という。)に登載されなければ立候補することができない。

(イ) 五人以上の所属の国会議員を有すること。

(ロ) 直近の衆議院議員総選挙または参議院議員通常選挙における比例代表選出議員選挙もしくは選挙区選挙において、全有効投票の四パーセント以上の得票を得たものであること。

(ハ) 一〇人以上の比例代表選出議員候補者及び選挙区選出議員候補者を有すること。

2  名簿の作成・名簿登載者

(一) 名簿登載者となることができる者は、参議院議員の被選挙権を有し、かつ、当該政党に所属する者(推薦する者を含む。)に限るものとする。

(二) 名簿登載者の選定及びその順位の決定は、当該政党等が任意に行うこととするが、政党等は名簿登載者の選定機関の名称を、当該名簿の届出と同時に、選挙長に届け出なければならない。

(三) 名簿に登載できる者の数は、当該選挙において選挙すべき議員の数以内とする。

3  投票

投票は、名簿届出政党等の名称または略称を自書して行う。

4  当選人

(一) 各名簿届出政党の得票数を1、2、3の整数で順次割り、その商の大きいものから順に定数に達するまで拾う、いわゆるドント式により各名簿届出政党の当選人の数を定める。

(二) 名簿における当選人となるべき順位に従い、当該名簿届出政党等の当選人の数に相当する順位までの名簿登載者を当選人とする。

5  選挙運動

(一) 名簿届出政党等でなければ選挙事務所を設置することはできない。

(二) 名簿届出政党等は、名簿登載者の数(二五人を超える場合においては二五人とする。)に応じて定められる範囲内において新聞広告、ラジオ、テレビの政見放送及び選挙公報による選挙運動を行うものとする。

(三) 選挙運動は公営であり、その主体は政党である。名簿登載者は、党の方針に従つて党の一員として選挙運動を行うにすぎない。

二  立法理由

<証拠略>によると、本件改正法で前記のような内容の拘束名簿式比例代表制が採用されたのは、次のような理由によるものであることが認められる。

1  従来の参議院全国選出議員選挙においては、有権者にとつて候補者を選択するのが困難であり、他方候補者にとつては、マスコミ等で知名度の高い一部の例外の人たちを除いて大多数の候補者は、日本全国の有権者に自己の政見等を知つてもらうため、膨大な資金と組織力を必要とし、過酷な身体的負担を伴う選挙運動を強いられ、膨大な資金と組織力がない限り、いかに学識経験に優れた全国的に有為の人材がいても、現実には当選はおぼつかず、立候補できないという弊害があつた。

2  右のような弊害の発生の原因は、広大な選挙区でありながら個人本位の選挙制度をとつている点にあり、また現代における政治の実態が政党政治であり、参議院においても公選制をとつている以上は、政党化は自然の成り行きであること等を考えると、有為の人材を参議院に得るためには、政党本位の選挙制度に改めることが適当であると思料された。

3  また、政党本位の選挙を徹底し、その成果を十分に発揮させるため、国民の政治意思形成の媒体たるにふさわしい政党を基盤として比例代表制選挙を実現させることを目的として、無所属での立候補を認めず、右のような要件を備えた政党のみが名簿を提出できるものとすることが望ましいと考えられた。

三  立法裁量について

憲法四三条二項は、「両議院の議員の定数は、法律でこれを定める。」と、憲法四七条は、「選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、法律でこれを定める。」と規定しているが、これは、憲法が代表民主制を採用しているため、選挙された代表者を通じて、国民の利害や意見が公正かつ効果的に国政に反映されることを目標とし、地方政治における安定の要素も考慮しながら、わが国の実情に応じた適切な選挙制度を制定するよう、これを憲法で直接規定することをせずに、法律で定めるものとして、両議院の各選挙制度の仕組みの具体的決定を立法府たる国会の裁量にゆだねたものである。

他方で憲法は、国民主権、代表民主制、基本的人権の保障の原則に立脚し、また、選挙制度についても、普通選挙、平等選挙、秘密選挙の原則を明らかにしているから、国会の前記裁量権は、無制限なものではなく、右原則を侵さない合理的範囲内のものであることが要求される。

四  具体的検討

1  憲法前文について

憲法前文は、原告の主張するように、議会制民主主義の採用及び国民主権を宣言しているが、その他憲法制定の由来、目的、決意等について敷衍しており、これら前文全体の構造、内容の精神的性格及び抽象性等を考えると、前文が法的性質を有し、本文各条項の解釈の指導理念となることは否定すべくもないが、それ以上に前文自体が独自に裁判規範としての効力を有していると解することは相当でない。

2  憲法一三条について

憲法一三条は、個人主義の原理を表明しており、これは、すべての人間を自主的な人格として平等に尊重しようとするものであつて、このことは選挙制度の分野においても当然に適用されるべきところ、前記二のように本件改正法は党本位の選挙制度を採用しており、個人が単独で立候補することができなくなつている。

しかし、他方前記二のように選挙制度の立法については国会に広い裁量権があり、本件改正法の趣旨が前記三のとおりである点に照らすと、党本位の選挙制度を採用したことには充分に合理的理由が認められるので、個人の立候補についての前記の制約はやむを得ないというべきである。

3  憲法一四条一項、四四条について

原告は、本件改正法が無所属での立候補を禁止し、また全国区のみを比例代表制としていることが憲法一四条一項、四四条の平等の原則に違反する旨主張するが、無所属での立候補を認めないことには、前記2において述べたとおりの合理的理由があり、従つて前記平等の原則に違反するものではなく、また全国区のみについて比例代表制をとつたからといつて、何ら同条項に反しないことは明らかである。

4  憲法一五条について

(一) 一項について

憲法一五条一項は、公務員の認定及び罷免が、国民固有の権利である旨を規定しているが、この規定は、原告主張のように個人たる公務員を直接自由に選任する権利を国民が有することを規定したものではなく、公務員選任の基礎が国民の意思によるべきことを保障したものと解すべきである。

また、国民の被選挙権も憲法一五条一項により保障されていると解すべきであるが、前記3のとおり無所属の立候補を認めないことの制約は合理的理由に基づくやむを得ない制約であるから、右制約のあることをも同条項に違反するものとはいえない。

(二) 二項について

原告は、本件改正法の法案が自由民主党の参議院議員の提出にかかることや、第一三回参議院議員選挙の比例代表区において、自由民主党の候補者名簿に登載された者が特定の派閥に属していることなどから、本件改正法の制定が、特定の政党の党利党略に基づくものである旨主張するが、右のような事実は、本件改正法がその内容において、二項に違反することの理由にならないことは明らかである。

(三) 三項について

三項で保障している普通選挙とは、財産の所有や納税といつた経済的なものを要件としない選挙権を認める制度をいうものであり、本件改正法で採用の比例代表制が、選挙権について右のような経済的なものを要件としていないことは明らかである。

5  憲法二一条一項について

(一) 結社の自由との関係について

憲法二一条一項は、結社の自由を保障しているが、これは、団体を結成する自由、団体に参加する自由及び団体自体が存続する権利という積極的結社の自由ばかりでなく、団体を結成しない自由、個人が団体に加入しない自由及び加入した団体から脱退する自由という消極的結社の自由の保障をも内容とするものと解されるが、右の結社の自由も無制限なものではあり得ず、合理的制約に服するものである。

そして、無所属の立候補を認めないこととした理由は前記三のとおりであるうえ、もともと立候補者は自らの政治的理念に基づく政策を発表し、これの実現を図ろうとするものであり、そのためには多数の同調者を求めて結束することは極めて有用なことである(それが故に、現代の政党政治が生れた)から、立候補するに当たつて、本件改正法所定の政党等に所属することを要求することには合理的理由があるというべきである。

(二) 言論の自由との関係について

本件改正法は、選挙運動について、政党等が中心にこれを行い、候補者が個人的に選挙運動をする必要も、それを行う余地もほとんどないものとし、また運動方法もかなり制限を設けている。

しかし、前記二のとおり、本件改正法は、選挙運動のために膨大な費用と過重な労力を要するという参議院全国選出議員選挙制度の弊害を解消することを目的とするものであるところ、選挙運動及び方法に一定の制限を設けることは、そのために有効な手段の一つである。また、拘束名簿式比例代表制は、政党本位の選挙であるから、その選挙運動は、政党の政策の主張宣伝が中心となることもやむを得ないところであり、前記規制の程度は相当な範囲内におけるものといえる。

6  憲法四三条一項について

憲法四三条一項にいう「全国民を代表する」とは、議会を構成する議員は、特定の階級、党派、地域民など国民の一部を代表する者ではなく、全国民の代表者であつて、その活動にあたつて、選挙人の指図に拘束されることなく、選挙民からは独立して、全国民のために行動すべきであるということを意味する。

本件改正法は、議員の選出にあたつて、政党等の得票数に比例させてその政党等の提出した名簿に記載された候補者を当選者と決定することを定めたにすぎず、右の比例代表により選出された議員がその政党等の方針に法的に拘束されることを定めたものではないから、なんら同条項の前記意味に反しない。

また、本件改正法によれば、選挙人は、政党等の名称を記載して投票することになるが、選挙人は、当選人となるべき順位が付された候補者の名簿を見て、それを届出た政党等に投票するのであるから、その実体は、名簿登載者集団(候補者集団)に投票することにほかならない。そして、右の仕組みによれば、選挙人が投票した後の段階で、当選人の決定について何らかの他の意思が入り込む余地がなく、選挙の結果は、投票において表明された選挙人の意思決定にのみ基づいているから、政党等への投票が同条項の「選挙された議員」に反することにはならない。

7  二院制について

参議院の存在理由の一つに、衆議院における多数決主義の行きすぎの抑制という目的があることは衆知のところであるところ、前記のように本件改正法は党本位の選挙制度を採用しているので従前に比して右目的が薄れてくることは否みえないものと思われる。

しかしながら、本件改正法によつても、衆議院議員の選挙とは、選挙方法、議員の任期を異にし、名簿の登載者は政党所属の者に限らず推薦者も含ませていること等をあわせ考えると衆議院の多数決による判断の抑制、補完の機能はなお失われていないというべきであり、前記のように現実の政治が政党政治となつていること及びそれには合理的理由があることに照らすと、本件改正法によつて二院制の目的が従前に比して薄れてもやむを得ない。

8  立法手続について

原告は、本件改正法の法案が強行採決されたこと等、立法手続の瑕疵を理由に本件改正法の無効を主張するが、右主張のような立法手続の当否については両議院の自主制を尊重すべきであつて、裁判所がこれに関する事実を審理して、その適法、違法を判断すべきでない。

従つて、原告の右主張は、採用できない。

第三結論

以上の次第で、本件改正法が憲法に違反し違法なものであるとの原告の主張は採用できず、従つて、右主張を前提とする原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 出嵜正清 加藤誠 大泉一夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例